★青年海外協力隊員★  トモコのマレーシア日記


by tonpanko
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カテゴリ:活動( 29 )

筑波大学視察第2弾

f0109123_171927.jpg昨年に引き続き、筑波大学の先生たちがトレンガヌに視察にいらっしゃいました。
前回は私の活動先である「学校」の視察でしたが、今回は同期隊員で、私と同じ*現職教員隊員であるK隊員の活動先(PDK)を視察されました。
*教師を辞めなくても協力隊員ができる制度で来ている隊員

見学の後は、そのPDKの子どもたちのケース会議や、日本の教育の現状、それぞれの障害に応じた支援の方法などの講義を含めた話し合いがありました。

マレーシアの学校に3分の2くらい染まってしまった私。
そろそろ、日本に向けて染め直さなければいけない時期。
この日、先生たちと話し合いができたことは、とってもよかったです。
だがしかし、視察の後、自分の視点がすでに日本に向かっていることに気づき、ちょっとさみしくなりました。

帰国まで2ヶ月を切りました。
いまさらながら、マレーシアの子どもたち、トレンガヌの子どもたちのために、できるかぎりのことを伝えていきたいと思います。
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by tonpanko | 2008-01-21 16:46 | 活動

CBR研修会

マレーシア派遣の福祉系協力隊員のほとんどはPDKという場所で活動しています。
PDKとはCBR(Community Based Rehabilitation)のマレー語版で、日本語では「地域社会に根ざしたリハビリテーション」と訳します。
マレーシアではご存知の通り、障害をもつ子どもたちのうち、「教育可能な子ども」は学校の特殊学級で学習し、そこに行けない子どもたちは、CBRに通います。
・・・まあ、実を言うとマレーシアのCBRは本来の概念や目的から外れているそうですが。

そのCBRについて学ぶ研修会のため、3日間、KLへ上がりました。
研修では、マレーシアで活躍するソーシャルワーカーの方が講義をしてくれました。
私は学校で活動する隊員なので、CBRについてはよくわからなかったのですが、それを学ぶいい機会になりました。

障害をもつ人たちを地域がどのように支援したらいいのか。
そのためにできることは何か。
するべきことは何か。
地域で生きるとはどういうことか。
などなど…。

それから研修中には、当事者(障害をもっている本人)の方から、自立や自立のための活動について学ぶ機会もありました。

実はちょっと、将来やってみたいことが増えました。
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by tonpanko | 2008-01-20 18:16 | 活動

陰謀

新しい学校の先生たちもとてもやる気(授業をしている)があり、すばらしいと思う今日この頃ですが、最近とんでもないことが発覚しました。

そもそも、今年からこの学校になったのには訳がありました。
私は中等学校の特殊学級でも活動したいという希望があり、教育局にお願いをしていました。
実は候補があり、その学校にも私が新年度から行くという情報は流れていたようです。
教育局でもその話はしていました。
公開授業のときにその主任に会い、
「じゃ、よろしくお願いします。」「待ってるね」
なんていう話もしていました。

ところが…、
学校休みも終わりに差しかかるころ、
「その学校は協力隊を必要としていない。全部の中等学校がそうらしい。」
と、いう話になりました。
そうか、必要ないのなら無理に行くこともないだろう、あの「待っている」の言葉は社交辞令だったのね。。。くすん054.gif
ということで、今の小学校になったのでした。

ところが…、
最近、同じ教育系隊員、Eちゃんがその中等学校に行く機会があったようで、そこでの主任の話では、

「1月からトモコが来るのを待っていたのに、なんでトモコは来なかったの?え?いらないって?いやいや、教育局に今すぐ手紙を書くよ。」
・・・
間違えたのはどこでしょう。
・・・
私の知らないところで、何かが動いています。
・・・陰謀??
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by tonpanko | 2008-01-15 19:03 | 活動

障害者の日

12月9日は「障害者の日」です。
これは国際的なものなので、もちろんわが街トレンガヌでもありました。
福祉局主催で、近くにある国立の障害者施設でイベントが行われました。
さて、内容は・・・。
お決まりのお偉いさんたち~福祉局の偉い人、なんとか協会の偉い人などなど3人ほどの挨拶。
もちろん、一人10分は確実に話す。
そのあと、日本語で言うなら、
「優秀障害者」???
の表彰がありました。
例えば、聴覚障害の学生が試験でいい成績を取ったとか、障害者スポーツで活躍したとか、両手両足がない人が、お菓子を売ることで経済に貢献したとか。
そしてその後は、歌を歌ったり、詩を朗読したりという出し物。
しかし、かならず、紹介には「○○障害者」という枕詞がついていたのでした。
気になったのは、お偉いさんたちが言うのは、技術を身につければ働ける人たちのことばかり。
障害が重い人たちについてはどうなんだ!
と、机をたたきたくなったのでした。
でも、障害をアピールしすぎとはいえ、こういう評価される場があるというのはいいことだと思います。
おみやげはタオルでした。
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by tonpanko | 2007-12-13 15:47 | 活動

幸せな人たち

隊員仲間の活動先を見学するために、マレーシア西海岸にあるイポーという街へ出かけてきました。
隊員仲間Nさんは、精神障害がある人たちが暮らす施設で活動をしています。
実際、私は日本でもそういう方たちとかかわる機会がなく、以前から関心をもっていたのでした。
そこには2晩泊まらせてもらい、クリスマスパーティや、他の隊員仲間Sさん主催のうどん作りにも参加させてもらいました。
状態はさまざまで、積極的に活動に参加できる人や、ぼーっと座っている人、寝ている人、叫ぶ人などなど。
持っている背景も様々で、知的障害をもつ人とは違うかかわり方が必要なんだと思いました。

そして、ここ(施設内)では、生き生きと生きることができるけれど、普通と言われている場所(いわゆる一般社会)では、つらい人がいる。
幻覚や幻聴と戦うには、一般社会ではつらすぎる。
そのつらさを少しでも減らすことができるように、こういう場所はあるのかもしれない。
自発的にしろ、強制的にしろ、そういう環境が与えられたという意味では幸せな人たち。
f0109123_15273436.jpgだから、マレーシア語では、
orang bahagia (幸せな人)
って言うのかな。
ちなみに精神病院は、Hosptal bahagia (幸せな病院) です。
※不適切な記述があったらすみません。
写真は来ていたサンタクロース。
顔が怖い。。。
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by tonpanko | 2007-12-06 15:03 | 活動

後日談

f0109123_18193420.jpg
公開授業終了後、先生たちにアンケートを取りました。
質問項目は、

1.日本の指導はどうでしたか?
2.マレーシアと同じ点はどこですか?
3.マレーシアと違う点はどこですか?
4.その他


先生たちの感想は、「創造的でよい。」「児童が興味をもっていた」「興味深い」などなど。
同じ点については、「導入とまとめがある」「指導技術」などなど。

さて、違う点についてですが、ここで根本的な問題が出ました。
多くの先生が書いていたこと。
「マレーシアは子どもが多いが、先生が少ない」
今回の公開授業は、個別指導が必要な子どもを含めた児童3人に教師2人という設定。
日本の感覚では、ちょうど良い人数配分です。
ところがマレーシアでは、個別指導が必要な子どもが数人いるにも関わらず、7~8人のグループに教師が一人。
一人一人に指導が十分に行き渡らない・・・。
たしかに環境も大きな原因かもしれません。
なかなか状況が変えられないのなら、それならそれなりに指導内容を考えたり、教材を考えたり、なんとか手を打たなければいけないのですが、それを環境のせいにしているうちは、どうしようもないのかもしれません。

それでも、アンケートの最後には、「この指導はとてもよかった。私も学校で試してみたい」
という声もあり、そう思ってくれる先生がいるだけで今回の公開授業をして良かったと思います。

余談ですが、ある先生に、
「公開授業して、なんか評価とかつくのか?」
と聞かれました。
どうやら、私たちのコーディネーターをどこかの教授かなにかと思っていたようです。
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by tonpanko | 2007-11-13 20:50 | 活動
そんなこんなで、当日をむかえた公開授業。
会議があると言っていた主任も、朝から出勤。

教育局はちゃんと先生たちを集めるように手配をしてくれたのだろうか。
年度末だから、めんどくさがってみんな来ないのでは・・・。

という、授業には関係のないことでの不安が募るばかり。

対象の児童は、6歳~8歳のダウン症、ハイパーアクティブ(多動)の3名。
その一人がまだ登校しない。
すると、うちの学校の先生、

 「Aがまだ来てないけど、代わりの子選ぶ?」 

「代わりの子」って何ですか?
という質問が、一瞬ちらつきましたが、
「じゃ、Nにしようか」
と、言っているすっかりマレーシアっぽくなっていたトモコでした。

そうしている間に、Aくんも登校。
先生たちもぼちぼち集まってきました。
KLからコーディネーター、他のトレンガヌ隊員も見学のため、集まってきました。
集まること、約20名。
先生たちも15人以上集まってくれてほっと一息。
さ、始めようかと主任に話すと、
「あと一人来ていないから待って」
・・・すでに、予定時刻30分過ぎているんですけど。

・・・実現編②『授業』に続く
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by tonpanko | 2007-11-13 19:53 | 活動
公開授業の方針も決まり、あとは指導案を書いて当日の準備をするのみ。
州特殊教育課の方にも確認メールを送り⇒(補足)すべての指示は特殊教育課から出ます。
ふふん♪
と、余裕で先週のKL・ペナンでの会議。
トレンガヌに帰ってきたらすぐ公開授業。

主任もその日は、学校にいる(会議でいない日が多い)って言ってたし。
・・・でも、いちおう確認してみようかなと思い、主任に電話。

「トモ!13日は会議が入ってできなくなったわよ。私もTさん(特殊教育課の方)もその日はいないわよ。」

え?あんだって?

こんな仕打ち(?)実は、今回だけではない。
先輩隊員の何人もがその仕打ちにこれまでにもあってきた。
この州における、教育系協力隊員の扱いがとてもよく分かる。

実はそこは抜かりのない私たち。
権力を行使しました。
私からではなく、私の上の組織から直接Tさんに確認と交渉。

公開授業 できることになりました♪ 
・・・でも主任とTさんはいない。

なんだ、教育局、やればできんじゃん。というつぶやきは飲み込こみました。

それにしても、急に会議が入ったかもしれないとはいえ、つくづくトップダウンな国だと思ったのでした。

実現編①『集まった』に続く・・・
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by tonpanko | 2007-11-13 19:46 | 活動
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遊びの指導を行おうということに決め、では、マレーシアの先生と授業をしようということになりました。
4週に渡り、小麦粉粘土、ビニール遊び、スタンプ遊びという題材で指導をしました。

ところが、気がつくとせっせと動いているのは私だけ。
その先生は指導はしてくれるのですが、なんと妊娠中のためあまり動かず、指導範囲は半径1メートル以内。

うーん。。。
これでは私のひとり芝居で終わるどころか、なにも伝えられないのではないのか?

そこでまたアラーの啓示が。(入浴中)
トレンガヌには、同じ現職教員派遣でトレンガヌの学校に派遣されているEちゃんがいる!

さっそく、Eちゃんに相談。
Eちゃんはマレーシアの教育省所属で、これから活躍する貴重な人材。
彼女の自己紹介もかねて、Eちゃんと一緒に授業をしよう!
ということになりました。
専門用語で言うと、ティームティーチングをしようということですね。
これで、日本の教師は子どもに対してどういうかかわり方をするか、どれだけ授業中に動くか、見せようではありませんか!

準備編③『トップダウン』に続く・・・
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by tonpanko | 2007-11-13 19:21 | 活動
今日、学校でトレンガヌ州の特殊学級の先生たちを集めた公開授業をしました。
まずは準備編から。
数回に分けてお送りします。
★業務連絡~『スピコンへの道』ちょっとパクりました。

日本はこうだああだと口で言うよりは、実際日本の授業はどう行われているか見せた方がいいのではないか。
ということで、さかのぼること約3ヶ月前から計画。
始めは「うちの学校の先生たちだけでいいです・・・」と言っていたのですが、「トレンガヌの先生たち呼んでやったらいいんじゃない?」
という鶴の一声があり、トレンガヌ州特殊学級の先生たちを呼んで行うことになりました。

始めは音楽の指導でもしようと思っていました。
(以前も書きましたが、先生たち音楽自体が苦手な上、指導もその場しのぎ)
ところがある時、話の中で
「先生たちは、障害の程度が軽い子どもたちへの指導はとても上手。でも重い子の指導は上手じゃないのよねえ」
と、つぶやいていたのを聞きたとたん、では養護学校で行われている「遊びの指導を行なえ」
とアラーの啓示が降りてきたのでした。

準備編②『TTでやろう』に続く・・・
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by tonpanko | 2007-11-13 19:08 | 活動